ぺんぎんと呼ばれた男のブログ

日頃のニュースやエンタメ×教育 

これからのニュース(報道)の捉え方は「先行情報」

連日さまざまなニュースがスマホを中心に飛び込んでくる。

そんな中、最近とある共通点を持つニュースが目立ってきたと感じる。

 

それは先に出された内容と異なる印象を受ける「追加情報」をもつニュースだ。

 

例えば、

明石市長の発言、高校で生徒を殴った教師、アイドルを襲った問題など。

 

最初のうち、被害者や加害者として取り上げられていた人たちが、時間が立つに

つれて当初の感じていた印象と「異なるもの」を感じるようになるのだ。

 

明石市長の発言で言えば一部の暴言が切り取られて報道されていたが、

しばらく後に、前後のやり取りも明るみに出て、市長の意図が見え始めた。

たしかに暴言ではあったが、そもそも仕事を何年も進めていなかった職員が発端だった。

 

高校で生徒を殴った問題も、まだはっきりとした事実はでていないが

教師が暴力をふるうように意図的はかられた可能性が出てきている。

 

またアイドルへの暴行問題も当初挙げられていた加害者以外、アイドル側の運営サイドがそれまでの対応が問題だったのではという具合になってきている。

 

こうした流れは少し以前から出始めていた。

昨年だと大学ラグビーのタックル問題など、数年前ならしばらくすれば収束していっていたものが最近は新たな「情報が追加」される。

しかも当初感じてしまう印象と異なる情報だ。

 

これはSNSをはじめとして記録媒体が一個人レベルで普及かつ使いこなせるようになった成果ではないかと考えられる。事実をはっきりするという意味においてはとても良いことだ。

 

しかしその反面、これまでに述べた通り「追加情報」が出てまったく違う事実がでる可能性もある。これは誤報というより速報に力を入れすぎた結果かもしれない。

 

記録媒体、情報伝達が発達した現代において、次のステージは最初に得た情報は「情報」としてだけとり、そこに感情を乗せすぎず捉えることが必要になってくるだろう。

情報過多の現代、出てくる情報は常に「先行情報」として捉える姿勢でいるのはどうだろうか。